TOWA経済レポート 2001年3月 No.147

経済

米国を覆う不況色、IT時代の経済対策は

 世界経済に大きな影響を与える米国景気が「失速」の瀬戸際に追いこまれた。

 IT(情報技術)関連企業の急成長をテコに長期にわたる景気拡大を続けてきたが、皮肉なことに、そのITの普及によって企業が生産・在庫調整に迅速に取り組めるようになり、かつてないほど速いペースで経済の減速が進行している。米金融当局もそのペースに追いつくべく年明け以降、異例の短期間で2度にわたる相次ぐ利下げを実施したが、景況感の悪化に歯止めがかからない。

 景気減速のペースが速かっただけに、従来より速いスピードで回復するとの期待がある一方、企業・家計・市場の不安心理が増殖しており、「底割れ」の恐れも出ている。大型減税構想などをめぐるブッシュ新政権と米金融当局との協調的政策運営が一段と重要になってきた。

●急激に「減速感」強まる米経済

<相次ぐ利下げを迫られるFRB>

 1月31日、米連邦準備理事会(FRB)は定例のFOMC(連邦公開市場委員会)会合でFFレートと公定歩合をともに0.5%引き下げ、それぞれ5.5%、5.0%にした。FRBは1月3日にも緊急FOMC会合を開き、FF金利を0.5%引き下げており、1カ月で合計1%の利下げになる。2000年に実施した利上げ分をすべて相殺した格好になったが、FRBはFOMC会合終了後に発表された声明で「景気が一段と悪化するリスクが依然としてみられる」と指摘、経済が悪化していけば追加利下げの余地も残していることを暗示した。

 さらに2月13日には、グリーンスパンFRB議長が上院銀行委員会での定例証言で「足元の景気はマイナスの成長率に陥っている可能性もある。FRBは従来よりも積極的な対応が必要になっていると認識している」と述べ、追加的な利下げの可能性に一歩踏み込んでいる。ここにきて、米金融当局は景気失速への警戒感を急速に強めており、従来よりも前倒しで金融緩和策を進めていく姿勢を明確に示し始めた。

<経済指標が軒並み悪化>

 実際、昨年末から年明けにかけて様々な経済統計が米国の景気減速が加速していることを示してきた。例えば、エコノミストが重要指標として注目する全米購買部協会(NAPM)が発表する景気指数。2001年1月のNAPM景気指数は41.2と、前月の44.3(修正値)からさらに悪化し、昨年8月以来、6カ月連続の低下となった。これは、米国の景気が後退期にあった1991年3月以来の低水準である。NAPMの景気指数は均衡水準である42.7を下回ると、足元の経済がマイナス成長であることを示すともいわれており、危険水域が近づいていることが明らかになった。

 1月の米鉱工業生産指数(1992年=100)も147.0と、季節調整済みで前月比0.3%減少しており、4カ月連続のマイナスであった。これは昨年10-12月期でみると、前期比年率で1.1%の低下となり、前回の景気後退期の91年1-3月期以来、四半期ベースで初のマイナスを記録したことになる。

 同様に設備稼働率も1月は80.2%と前月比0.5ポイント低下している。消費者信頼感指数の場合は、12月の128.6ポイント(改定値)に対して1月は114.4ポイントまで下落した。これは96年12月以降の低水準であり、単月の下落幅では90年の湾岸戦争当時以来の落ち込みになる。

<成長率を下方修正>

 米商務省が発表した昨年10-12月期の米国内総生産(GDP)伸び率も1.4%と95年4-6月期の0.8%以来の低水準にとどまった。なかでも設備投資が不振で、建設を除く機械設備投資が13.8%と大幅に減少したことが響いている。

 生産・消費活動だけでなく、雇用面での不安もじわじわと広がっている。1月は非農業部門就業者数こそ事前の予想以上に増えたものの、失業率は4.2%と前月比0.2%上昇した。昨年は1年間を通して失業率が3.9-4.1%で推移してきただけに、今回はその上限を突き破った格好になり、今後は失業者の増加をたどる兆しとも見える。

 このように足元の経済指標が軒並み悪化していることを受け、先行きの経済見通しも大幅に下方修正され始めた。

 FRBは2001年の実質経済成長率見通し(第4四半期の前年同期比ベース)を昨年7月時点の3.25-3.75%から2-2.5%へと引き下げた。失業率(第4四半期の期中平均)も、従来見通しは4-4.25%だったが、4.5%程度に修正し、一段の悪化を予想している。

●経済変動をITが加速

<在庫調整のスピードが向上>

 昨年秋までは、株式市場でハイテク企業の業績鈍化への警戒感はあったものの、全体として米景気は好調を維持しており、急速な景気後退(リセッション)に陥ることなく、軟着陸(ソフトランティング)が可能であるとの見方が有力だった。

 にもかかわらず、10月以降は、あたかも坂を転げ落ちるようにIT関連や自動車業界を中心に生産・消費活動が落ち込み、景況感が急速に冷え込んだ印象が強い。グリーンスパンFRB議長も、議会証言の中で「エネルギー価格の上昇などの影響もあって、景気減速は多くの企業の予想よりも早いものになった。予想外の減速で企業の在庫が急速に積みあがった」と指摘したうえで、「おそらく昨年末の時点で経済は失速状態になった」と極めて厳しい認識を示している。

 さらに議長は、予想外のスピードで景気が落ち込んだ理由を「技術革新で企業の生産調整のスピードは増している」と説明している。

 情報技術(IT)投資の普及によって、特にハイテク企業ではリアルタイムの情報入手の量とスピードが飛躍的に向上している。在庫や設備投資が少しでも過剰になりはじめれば、あるいは実際に過剰になる前でも、前倒しで予防的な生産・在庫調整に入ることが可能だ。従来は企業によって生産調整のスピードがばらばらだったうえ、多くの企業は在庫増・需要減に遅行的に対応してきたことで、マクロでの景気減速は緩やかだった。それがITの普及でミクロとマクロの悪化スピードのかい離が縮小、景気が一気に落ち込んだというわけだ。

<V字型の早期調整・早期回復も>

 ただ、そのこと自体が先行きの景気の早期回復期待につながっている面もある。企業の在庫調整が早ければ早いほど、理屈のうえでは製品需給が悪化する期間も短くなる。グリーンスパン議長も「今後、数年先の企業の生産性上昇の見通しは明るい」と、米企業の構造的な強さが持続している点を強調している。従来とは異なり、景気が落ち込むスピードが速かった分、2四半期連続でマイナス成長となる景気後退(リセッション)に陥る前に経済悪化に歯止めがかかり、その後はV字型の回復軌道を描くとの期待は、米国のエコノミストなどにも根強い。そのためにも早め早めに積極的な金融緩和策を推進しようというのがFRBの筋書きだろう。

<見逃せない心理面の影響>

 こうした、下期をにらんだ回復シナリオも、一概には否定できない。ただ、問題は家計と市場心理(センチメント)の悪化が増幅しつつあることだ。IT技術を駆使して企業がアクセルを踏んだのは、生産・在庫調整だけではない。インターネット関連企業や自動車等の製造業では相次いで大幅な人員削減や賃金カットに踏み切っており、雇用調整のスピードも高まっている。

 同時に「個人の消費行動は、保有株価の変動を通じて企業収益に強く連動するようになった」(グリーンスパン議長)。雇用不安と株安による逆資産効果で、個人消費もまた、従来にないスピードで今後、落ち込んでいくことは十分に考えられる。

 需要の急減を補ったうえで企業が在庫調整を早期に完了しようとすれば、結局、生産や雇用を大幅に削減するほかはない。そうなれば個人や市場心理が一段と悪化し、株価はさらに底値を探る動きになるだろう。ITによるリアルタイムの情報が不安心理の悪循環をスパイラル的に加速する可能性も捨てきれない。

●カギ握る減税効果

<10年間で総額1兆6000億ドル>

 その意味でも、1月20日に就任したブッシュ米大統領は、早くもその資質と手腕を国民から問われているといえるだろう。ブッシュ大統領の父親は湾岸戦争での勝利など外交面での功績で一時は高い支持率を獲得しながら、結局、国内経済の停滞が響き、クリントン前大統領に再選を阻まれた経緯がある。ブッシュ大統領自身もフロリダ州での得票結果をめぐる混迷から、当選確定後も民主党からその正当性への疑問符を投げかけられている。それだけに、このままのスピードで景気の減速が続けば、不安定な政権・政策を余儀なくされる恐れもある。

 なかでも経済政策のかぎを握るのはブッシュ氏自身、大統領選挙期間中から並々ならぬ意欲を示しているのが大型減税だ。減税案の内容は、①10年間で総額1兆6000億ドル(1ドル115円換算で184兆円と日本の国家予算の約2年分に相当する超大型)の減税を1月1日からさかのぼって実施する、②所得税率を5段階から4段階に簡素化する、③最高税率39.6%を33%に、最低税率15%を10%にそれぞれ引き下げる――などが骨子。この問題は民主党との党派的対立が最も大きい政策課題であり、民主党は早くも10年間で総額8500億ドルに規模を抑え、低中所得者に重点を絞った独自の案を発表した。これに対し、オニール財務長官は減税規模の修正には応じられない考えを示しており、帰趨は流動的だ。

<減税で一定の下支え効果>

 ブッシュ大統領の大型減税の景気浮揚効果については様々な見方がある。実現するのは早くても年央以降になるとみられ、それまでに景気の落ち込みが一段と加速し、消費者の心理が冷えきってしまえば、減税が年初までにさかのぼって実施されたとしても、その大半が貯蓄率の上昇に回る可能性がある。90年代後半、金融システム不安に覆われた日本で大型減税が景気浮揚に限定的な役割しか果たせなかったのと同じ理屈である。

 ただ、米国経済は現状、そこまで悪化していない。年前半、積極的な金融緩和政策によって景気の下振れを一定限度に食い止めておけば、大型減税によって消費者や企業の心理が好転する可能性はある。むろん、減税分が貯蓄ではなく消費に回るためには、政府の経済運営に対して国民の不信感が高まらないようにすることが必要である。

 その意味で、財政規律を重んじ、大型減税に否定的だとみなされていたグリーンスパンFRB議長が「減税は米経済が景気後退に陥るリスクに対する保険のようなもの」と一転して、減税支持を表明した点は注目される。

 議長が財政の健全性に対する自身の考え方を修正したわけではない。米経済の回復は金融政策だけでは限界があり、ブッシュ政権と金融当局との一体感を打ち出す必要があるという危機感が背景にある。

<米国次第の世界経済>

 昨秋から急速に先行きの不透明感が強まってきた日本経済も、当面は「米国の景気次第」といって過言ではないだろう。昨年上期までの急ピッチな企業収益の回復は、IT革命による米景気拡大の恩恵を受けたハイテク産業の躍進が牽引してきたのは事実だ。バブル崩壊後の後遺症からようやく立ち直りつつある「病み上がり」の時期だけに、内需拡大によって自律的に経済成長を達成する力強さは設備投資にも個人消費にも見られない。

 米国頼みの危うい経済基盤はアジア・欧州諸国も同様である。今後半年間の米経済の動向が世界経済の中期的な展望に大きな影響を及ぼす可能性が高い。

視点

富栄養化と米の研ぎ汁

高崎経済大学 地域政策学部教授 清水 武明

 

1.有明海の富栄養化

 有明海で養殖されている海苔の不作が問題になっている。これを機に、国が進めている長崎県諫早湾の干拓事業が改めて問い直されている。海苔の「色落ち」の原因や干拓事業との因果関係については、これからの科学的調査を待たなければならないが、しかし、専門家のほぼ一致した見方では、直接的な原因として植物プランクトンの異常増殖、いわゆる赤潮が関係しているという。異常増殖したプランクトンが海苔の栄養分を消費していまい、海苔が栄養不足に陥り充分な成長ができなく「色落ち」となったというものである。

 植物プランクトンの異常増殖いわゆる赤潮の発生は、有明海が富栄養化していることに他ならない。富栄養化のプロセスは、内海、内湾、湖沼、さらには水道水用の貯水池などの閉鎖性の水域に、生活排水、工場排水、農業肥料などが流入し、窒素やリンなどが増加する。藻類や植物プランクトンは日光を受け異常繁殖し、これらが枯れたり腐敗して、また、窒素やリンを水中に放出する。赤潮やアオコなどは、こうした富栄養化によって起きる。

 近年、河川や閉鎖性の水域での富栄養化は著しく、琵琶湖、宍道湖、諏訪湖などではアオコ対策に頭を痛めており、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海などでは赤潮に悩まされている。

2.水質悪化と生活排水

 水の汚濁源について、東京湾での発生源別負荷量(COD)をみると、工場などの産業系排水よりも生活排水汚濁のほうが断然多く、全体の70%近くも出していると、環境庁は発表している(平成6年実績、平成12年版 環境白書)。

 生活排水とは、炊事、洗濯、入浴などの日常生活に伴って排出されるものであり、この内、約半分が炊事による台所からの排水による汚濁汚染である。下水道整備の遅れも問題であるが、私達の日常生活でも反省すべき点が多々ある。通常、炊事での水使用は、米とぎ、野菜などの洗浄、調理、鍋や食器に付着した汚れや油など台所洗剤を使い水道水で洗い流す。この排水は、下水を通り汚水処理場で処理され、処理水は河川に流され、最終的には海に達する。汚水処理場では排水中の汚濁汚染物質がすべて除去され、再びきれいな水として河川に流されているのではない。富栄養化の原因となる窒素やリンなどは、ほとんどの既存の処理場では除去できなく、汚染されたまま河川に流れているのが現状である。したがって、身近な河川の水質もまた十分ではないのである。

 BOD(生物化学的酸素要求量)とは、水の汚れの量を示す指標で、酸素を好む微生物が水中の有機物を酸化分解(浄化)するのに必要な酸素量を表したものであり、数値が大きいほど汚染が進んでいることを示す。魚が住めるBOD濃度は5mg/lといわれ、利根川中・下流域など群馬県内の河川の40%が、また、赤城大沼、榛名湖、尾瀬沼もこの基準を達成できていない。

 因みに、この基準を達成するための必要な水の量を台所排水でみると、味噌汁1杯(200ml)を薄めるには風呂桶(300l)で約2.5杯分、米のとぎ汁(3l)で約2.8杯分、牛乳(180ml)で約13杯分、さらに使用済みの天ぷら油(500ml)では約557杯分の大量の水を必要とする。

 これらの中で最大の汚濁発生源は米の研ぎ汁である。牛乳や天ぷら油などは数値は高いが、毎日多量に排出されるものではない。しかし、米の研ぎ汁は、毎日食事の度に排出されるものであり、リンの排出で見ると全体の約96%も出している。また、窒素は全体の約67%が米の研ぎ汁から出ている。最近の台所洗剤には無リン無窒素のものが大半あり、廃油もそのまま下水に流す人も非常に少なくなったことを考えると、問題は米の研ぎ汁にある。

3.米の研ぎ汁と無洗米

 米を研ぐことは、米の周りについているヌカ成分を洗い流すことである。このヌカの中にリンや窒素が多量に含まれ、ヌカの量は精白した米の約3%位である。これを水と一緒に排水しているのである。我が国の米消費は年間1千万トンであるから、ヌカ量は全体で約30万トンにもなる。米を研ぐのに使用する水の量は米の約25倍だといわれており、2億5千万トンの水と30万トンのヌカの混合液が毎年排水されていることになる。これが下水道の有機汚泥(ヘドロ)の相当部分を占め、下水処理場では、前述したように、リンや窒素はほとんど除去されずに河川や湖沼に流れ込み、内湾へと達する。これが富栄養化の最大の原因である。

 主食に米を食べなければよいのであるが、これは無理な話であろう。問題は、米ヌカ成分を水で除去するのではなく、別な方法で除去すればよいのである。

 最近、スーパーや米屋で「無洗米」というものが販売されている。テレビのCMでも、冬の冷たい水で米を洗うのは嫌だから無洗米を使おう、という無精なメッセージを投げかけている。無洗米を使うことは、無精なことではなく環境負荷を少なくしようとするエコロジカルな行為である。

 無洗米は米のヌカ成分を取り除いたものであり、水での洗浄なしにそのまま炊くことが出来る米である。ヌカ成分の除去は粘着性のあるヌカで撹拌摩擦し、厄介な肌ヌカまで取り除ける。取り除いたヌカは有機肥料とした耕地に戻す。リンや窒素は作物育成には欠くことの出来ない養分であり、これは資源生産性や循環という視点からも評価できる。最近では「無洗米とぎ器」という家電製品も5万円くらいで発売されている。遠心力とブラシでヌカ成分を除去している。

 スーパーなどで売っている無洗米は、普通の米と比べ少し割高なようであるが、多くのメリットがある。先ず、約30%のヌカ成分を取除いた正味の米の量を購入していること。水に溶け易いビタミンB1や米の旨味成分などが失われていない。次に、大量の洗米水の節約や富栄養化の原因となるヌカを廃棄排水しないので環境に優しいし、また、有機肥料として利用できる循環型サイクルを形成する。さらに、ご飯の味も変わらず無精もできる等々、一石二鳥ではなく五鳥以上の優れものである。

4.ご飯とアサリの味噌汁そして焼き海苔

 有明海の富栄養化には、周辺の住人の台所排水も大きく関係していよう。かつて、排水に含まれるリンや窒素を処理していた有明の広大な干潟に生息していた微生物や貝などの生物が、防潮堤建設により死滅した。自然の巨大な浄化装置を失ってしまったのである。これは有明海に限ったものではなく、東京湾三番瀬や伊勢湾藤前干潟の埋立てなど、全国いたる所にある。

 朝食は、ご飯とアサリの味噌汁そして焼き海苔がいい。私たちの米中心とした伝統的食生活は、良好な環境がなければ維持できないのである。米、アサリ、海苔、これら一見バラバラなもののように思われるが、実は深い関係にある。アサリや海苔は富栄養化した海では育たないということを有明海が教えている。富栄養化の最大原因は米の研ぎ汁であり、リンや窒素は蓄積され不可逆性である。この状況が進行すると東京湾のアサリも海苔も同様な打撃を受けよう。

 健全な食生活を維持するためには、私たちが自然環境を謙虚に理解し、環境負荷を最少にする工夫と意識的な行動が大切であろう。そして、資源生産性を上げ、自然と共生した循環型社会を構築するためにも一人一人の行動が鍵となる。

 

 

潮流

「稼働率55%」デフレ輸出余力大きいアジア

 アジア地域が日本のデフレの動きを下支えしている。中国や東南アジアから値段の安い商品が日本に向けて輸出され、それが品質も格段に向上したことから消費者に受け入れられているためだ。繊維製品や家電製品から日用食品などまで、値段が下がっている分野は幅広い。世界からは日本の経済回復のためには、デフレ退治が欠かせないと批判されるが、生産余力が大きいアジアからの製品輸出(日本にとっては輸入)は当面おさまりそうにない。

 最近、タイの家電メーカー幹部が驚きつつも納得した統計が発表された。2000年に家電製品やオーディオ・ビジュアル製品が前年に比べてどのくらい値下がりしたのかを示した統計だ。それによると、テープレコーダーを筆頭にしてエアコンや冷蔵庫、テレビなど家電製品がずらりと並び、大きいものでは2割程度値下がりしていることを示していた。

 「デフレ」がかっ歩している。モノの値段が下がるデフレは消費者にとっては悪い話ではないが、企業や経済全体にとってみれば縮小均衡を生み出しかねない。消費者の視点から「良いデフレと、悪いデフレがある」との意見がある一方、企業の経済活動は「名目」の数字で行われることから経済の縮小悪化に力点を置いて、「デフレ退治が必要」との見方もある。

 しかし、アジアの家電メーカー幹部が驚いた数字に示されるように、個々の商品をみると消費者に都合のよい値下がりが続く。ユニクロが1900円で売る中国製フリースや、5000円もしないインドネシア製のテープレコーダーなどだ。

 いずれもプラザ合意以降の円高の中で、日本企業は生産拠点を徐々に中国や東南アジア地域に移転することでコストダウンを実現してきた。しかも、97年の東南アジアの通貨下落でさらにはずみがついた。

 それが、ここにきて生産の先行きに不安感がでている。例えば、タイの工場生産稼働率はわずか55%程度に過ぎない。韓国なども含め他のアジア諸国も似たりよったりだ。「稼働率が6割を超えないとなかなか利益が確保できない」(自動車メーカー)というのが実態だ。急速に巨大工場を新設している中国も、国内需要が大きく増えないなか、輸出に頼らざるを得ないのが実態だ。しかも工場稼働率を高めて利益を上げなければならないとなれば、なおさらということになる。

 輸出先は当然、主力の欧米。しかし、米国の経済不安から品質をレベルアップしてでも新たに日本へとなる。日本の消費者が先行き不安を抱えて「安いうえに良い製品」を購入する傾向を強めるとすれば、容易にはデフレが解消するとは思えない。しかも、バブルの後遺症で資産価格の右肩上がり神話が崩壊し、株価上昇もままならない。

 日本及び日本人がデフレ解消を本気で考えるならば、国民の意識を「貯蓄」から「投資」へと大きく変化させる必要がある。しかも財政危機の時代である。農業を無制限に保護し、大都会よりも地方を優先して満遍なく公共事業を展開するという政策を大きく転換する必要があると思われる。しかも情報通信など新しい産業育成に取り組む必要もある。そうでなければ、依然として貯蓄重視の日本人はアジアからの品質が良く割安な商品を購入しつづけるだろう。デフレ退治の議論には、「世界の中の日本」、地方でも「世界の中の○○市」というようなグローバルな観点に立ち、しかも世界に対して独自性を発信するような、創造的、本格的な構造改革議論が欠かせない状況になってきた。